〜監修者の部屋〜
June’s Diary
2016/8/5更新
愛する気持ちに「ムラ」があっても、愛は続いています
“愛情"に単位はありません。
何グラムの重さの愛なのか、何℃の温度なのか、何カラットの輝き度なのか――そんなふうに各単位で愛を測ることは出来ませんよね。
それでも、「最近の彼、私に対する愛が減っている気がする」とか「以前ほど、彼を熱く愛せなくなってきた」とか「昔はもっと私たちキラキラしてたのに……」なんていうふうに、愛の重さや熱心さや輝きを表現したくなることってあります。
いずれも過去と今とを比較してのこと。
正確に「何グラム減っているか?」というのは分からなくても、「減っている気がする」という感覚は“実感"として存在するものです。
毎日ずーっと同じように続いているとは思えない愛……。
自分なりの実感でグラフでもつけてみれば、増減が目に見えて分かるかもしれません。
「今日はすごく好き」「今日も大好き」「なんか今日はそれほど好きに思えない……」「やっぱり大好きかも!」「ちょっと冷めたかも……」。
文章で表してみても、愛の強さの変化は明らかに分かりそうです。
絵具に色むらが出るように、愛にも“ムラ"は出てくるもの。
ときには、愛が冷めてしまいそうな時期もあるのでしょう。
それでも、また気持ちが盛り上がってくると、「冷めていた期間」のことは不思議と忘れてしまいます。今日まで変わらず、ずーっと大好きだった気がするものです。
今日のダイアリーに載せたのは、海に映し出された光を撮った写真です。
昔、港に近いホテルに泊まっていたとき、窓の外をボーっと見ていて、途切れそうで途切れない光の粒が、心に優しく染み入ってきて、ふっとカメラを向けたくなりました。
さざ波の起伏のせいで、光の粒はところどころ途絶えています。
けれども、全体を眺めれば、光線はスーッと続いています。
あなたの心に、もしくは彼の心に小さな波が起こって、愛が途絶えそうになる日はあるかもしれません。けれども長い目で見れば、一筋の光みたいに愛が続いてきたはず……。
恋人に毎日同じだけの愛をあげられなくても大丈夫です。
毎日同じくらいの愛を恋人があなたに見せてくれなくても大丈夫。
ふたりの愛は続いています。
もう少し時間が経てば、美しい光の筋が続いてきたことを実感できる日が来るでしょう。